校舎を超えてハワイ大学のフラへの道

Happy LEI Day!
日本時間ですが、五月一日はハワイ行事の「レイデイ」の日です。
文字で分かる通り、「メイデイ」にかけています。当日は、レイメイキングのワークショップ、レイコンテスト、コンサートなど催し物がたくさんあり、ハワイ中が花の香りで包まれる日になっています。

さて、四月に戻りましょう。
四月のハワイは、「メリーモナーク・フラフェスティバル」一色になります。
フラのオリンピックとよく解釈されていますが、フラ最大の大会です。
特に、開催地のハワイ島(ハワイと言われる島は、主要八つの島から成り立ちます。)
では、大騒ぎ!コロナ前はハワイ中、世界中からこの人口4.5万人のハワイ島ヒロに押し寄せます。ホテルも一年前から埋まっていますので、宿、航空機などを手配するのは、至難の業です。そして、観戦チケットは「プレミアム」でなかなか手に入りません。というのも、一般はアメリカに住所を保有し、消印が指定されています。たいがい、出場ハーラウの家族枠(これも数の制限あり。)で観戦チケットを手に入れます。前夜祭に関しては、以前は先着順だったのですが、今年は窓口販売のみでした。TV放映もするのですが、やはり現地で観たいものですよねえ。

この「メリーモナーク・フラフェスティバル」(MMF)は、一週間ほど「MMFウイーク」として、様々な催し物が開催されます。ヒロの町が「フラ」一色になります。ショップは、セールを開催、ミュージシャン、ダンサーも、町中でフリーのショーを行っています。本屋さんだったり、ブティックだったり、公園だったり…。日本では、チケットが1万円以上するアーティストが、フリーで演奏しているなんて普通の光景です。また、昨年のMMFチャンピオンチームが、ホテルのロビーで踊っていたりと・・・。クラフトフェア、オアフ島にしかないお店のポップアップストアが集まるのも魅力で、買い物、ワークショップにみなさん最高に楽しんでいます。
私の思い出の一つは、マクドナルドでおやつを食べていたら、店員のおじいさんがウクレレをもって、
「あなたはどこの島から来たの?」
「ニイハウよ」(ニイハウ出身の私の友人)
「おー!ニイハウ!」(ニイハウは島民以外は行き来できない島。)
と、ニイハウ島の歌を歌ってくれました。
日本では、店員さんが仕事中にそんなこと批判されそうだけど。
歌い終わると、テーブルを拭きに回っていました。
この光景の中に居て、
「あー、ざっつ・MMF!」と心で叫びました。

今回のMMFは、60回という記念すべき大会でした。
さらに、MMFのオープニングセレモニーに出演するという、私にとってダンサー史上最高の機会を頂きました。(やった!すごい!w)
10年前の私だったら、興奮して鼻血だしながら突進しておりましたね。
が、今の私は何故か、冷静沈着に準備を整えて行きました。
これは、いわゆる神事です。MMFがスタートする時に、
「私たちがまず、最初に大地に汗を流します。」主宰者の言葉。
この汗を大地に流すこと、これは、ハワイ島のフラでは一番大切にされていることです。いわゆるレッスン前に、ベーシックステップで汗を流し、大地を潤し、身体が熱くなることで火山の女神ペレを体内に宿しフラを踊ってもらう。(自身の身体は器になる)というフラの思想です。フラの大会が始まる、みんなの安全を祈るフラ。
リハーサルの場所は「ハワイ大学」でした。
「48年前に私の祖母は勇気を出して、私たちの文化がなくなってしまうと、ハワイ大学で講義、フラを教え始めました。そして、今、あなた達に続いています。この裏にある校舎が当時のまま残っています。そこで初めて祖母が始めたことが、今ここで繋がって来ました。」

フラ、ハワイアン文化は約80年間、宣教師たちにより禁止されました。ひと世代、ハワイアン文化をしらない世代がいるってことですね。ハワイアンの人たちは、自分たちの文化がなくなる危機感を持っています。「続くこと」が、ハワイアン文化にとってとても重要です。

おおよそ、50分間の神事でしたが、あっという間に終わり、心身ともにボー然としている自分が居て、今何が起きたのか。。。
私は、約30年フラを続けています。この先も続けていくと思います。ハワイアンでもこのセレモニーで踊れないという事をよく知っています。
この機会を得て、さらに、ハワイアン文化を学び、日本の生徒さんに「活きたハワイ文化」をこれからもきちんと指導していこうと、心新たにしました。

この向こう側にある、校舎からハワイ大学のフラが始まりました。




 

家から会場に向かう朝、普段は雲にかかっているマウナケアの頂上が見えた。

会場の日の出。神様来てる気がする。

神事の後の祭壇。(後なら撮影可)ここのフラの神様を宿す。

前夜祭の朝の会場。